83年ぶりに宗廟・昌慶宮区間が本来の姿に。宗廟とは?

2013年04月06日 20:13

現在は日本の植民地時代に造成された栗谷路(ユルゴンノ:율곡로)が宗廟(チョンミョ:종묘)と昌慶宮(チャンギョングン:창경궁)の間を通っているが、ソウル市は2014年までに498mにわたる塀を原形通りに復元すると4月4日発表した。市は栗谷路の300m区間の下にトンネルを作って地下車道にし、トンネルの上は緑地化する計画を発表した。 復元作業は1931年に発刊された「朝鮮古跡図」と1907年制作と推定される平面配置図の「東闕図」を参考に進められる。 トンネル工事後には従来の往復4車線道路は6車線に増える。 トンネル内部の両側には歩行者自転車兼用歩道も設置される。宗廟とは朝鮮歴代君主の位牌を奉って祭祀を行う所である。1394年、太祖(テジョ:태조1335-1408)・李成桂(イソンゲ:이성계)が朝鮮王朝(1392-1910)の建国とともに、新たな都、漢陽に景福宮と同時に建てた建築物で、その伝統的な荘厳な儀式である祭礼(チェレ:제례)や祭礼楽(チェレアク:제례악)など、長い伝統と慣習がそのまま保存され、世界文化遺産(세계문화유산)に登録されている。 宗廟正門を入ると三本の道があるが、少し高い真中の道は亡くなった王のための道で、東側は王、西は王世子のための道となっており、真中の道は正殿に続き、両側の道は斎戒沐浴して祭祀の準備をする部屋へとつながっている。心と体をきれいに整えた後、王と世子は典祀庁(ジョンサチョン:전사청)へ移動する、典祀庁は祭祀を行う食物を準備する所で、庭を中央に建物をロの字型に配置してある。 また宗廟の中心である正殿(チョンジョン:정전)は歴代君主の位牌を奉って祭祀を行う場所で、19の部屋があり、各部屋には各王を奉っている。正殿の塀の中には君主に誠実に仕えた臣下たちを奉った功臣堂(コンシンダン:공신당)もある。宗廟祭礼楽は、楽器や歌、踊りで構成されており、500年前の旋律を今日まで伝えて、現存する最も古い儀礼文化の一つとなっており、毎年ゴールデンウィークの5月の第1日曜日にその行事を見ることができる。